いいしま【伊島】空也上人も訪れた、イシマササユリ、国連生物多様性の10年日本委員会認定連携事業、日本の重要湿地500、伊島の伝統漁法「伊島潜り」で海士(アマ)が獲る伊勢エビ、アワビ、バードウォッチングなど!魅力がたくさんです!

     
伊島は、「蒲生田岬」より東へ約6km、紀伊水道上に位置する離島です。伊島(本島)、前島、棚子島の3島で形成され、島民の暮らす本島は、周囲約9.5kmほど。当然自動車も走っていません。
 気候は温暖で、集落を除く島全域が「室戸阿南海岸国定公園」に指定されており、伊島の「ササユリ」をはじめとした希少植生物、全国的にも貴重な野鳥が飛来するなど、環境汚染にさらされていない手つかずの自然環境が多く残された島です。
 島の周囲は良好な漁場で、極めて豊かな水産資源に恵まれ、岩礁帯はイセエビやアワビ、サザエなどの良好な繁殖場として、この島の産業を支えています。
 島の歴史は古く、古墳時代の土器片が発見されたことから、5、6世紀頃にはすでに定住者がいたようで、平安時代の憎、念仏を唱え諸国を巡っていた「空也上人」が訪れた島として、多くの言い伝えや緑の地名が残されています。
 中世戦国時代には、「小笠原形部亮」により、”伊島城”が築かれていたともいわれ、藩政時代の領主「森甚五兵衛」率いる「阿波水軍」の拠点として重要視されたことで、江戸時代の中頃から、本格的な島の開発が進んだと考えられています。
 明治期には、潜水漁業の先駆者「栗田徳蔵」ら漁民による、朝鮮半島の漁場開拓に成功。”伊島海士”の名を全国に轟かせることになりました。
 伊島は、豊かな自然環境と歴史に彩られた、洋上に浮かぶ桃源郷なのです。

※答島と伊島を結ぶ連絡船「みしま」には、島の花「ササユリ」のデザインが施されています。

●空也上人と伊島の観音信仰

平安時代中期、一人の僧侶が「伊島」を目指し海を渡りました。口称念仏により、終生在野の聖僧として大衆に教えを説いた「空也上人」
です。「本朝高僧伝」には、「夢中に金人(仏身)指致す。阿州の海中に湯島山あり、観音顕蹟の地なり」云々とあり、空也上人が仏のお
告げを受け伊島を目指したと記されています。
「空也上人」は紀州から赤栴壇の香木に乗り伊島に辿り着き、卒
都婆嶽で七日間の不眠の行の後、赤栴壇を用いて「十万の諸仏の尊体
卒都婆一基」「十一面観世音●薩」を刻み、坊舎一宇を建立され、ご
本尊として安置されたと「松林寺縁起」も伝えています。これが、現
在の野尾辺の「観音堂」です。

この逸話は、「扶桑略記(平安時代)」や「元亨釈書(鎌倉時代)」
などにも登場しますが、ともに島の名が「湯島」となっていることから、
湯島がなまり転じて「伊島」になったという通説が産まれました。伊
島には、このことを裏付けるように「湯吹き(イブキ)」や「湯とり場(ユ
トリマ)」といった地名も残されています。空也上人の人跡もまた、「卒
都婆嶽」や「僧渡浜」といった地名から読み解くことができます。

空也上人の刻んだ「十一面観世音●薩」は、一刀三礼の秘仏として
現在「松林寺」に迎えられ、奥の院である「観音堂」には、上人が乗っ
てきたと伝わる赤栴壇の切れ端が、大切に祀られているといいます。
「空也上人」の教えは、今日も「伊島の観音信仰」として息づいてい
るのです。